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自宅で食べれる絶品博多い津みのふくオイル漬けコンフ!

▶ お魚
博多い津み 絶品ふくオイル漬けコンフ

ふぐの歴史

平安時代に著された「和名類聚抄」に「布久」の名があり、縄文時代の遺跡の貝塚からはふぐの骨が出土し、ふぐは古くから食されていたことが推測されます。ふぐの毒の知識は余りなく、中毒による死亡者も多かったようで、豊臣秀吉のころわが国最初のふぐ食の取締り河豚食用禁止令)が「文禄慶長の役」(一五九二~一五九八)の際出されました。江戸時代に入ると、みそ汁の具にふぐを用いたフク汁(ふくとう汁又はふくと汁)が身分を問わずもてはやされるようになり、同時代における代表的なふぐ料理となったと思われます。一方、ふぐ人気が高まるにつれ、中毒による死亡者も多く各藩はそれぞれ「河豚食用禁止の掟」を設けるようになりました。明治には「河豚を食う者は拘留科料に処する」という一項目を盛り込んだ「違警罪即決令」(今日の軽犯罪法にあたる)を発布し、ふぐの食用を全国的に禁止しました。明治21年に山口県で最初にふぐは解禁され全国に広まり今日に至っています。ふぐは鍋料理として発展し歴史も古く、このことで一年中獲れるにもかかわらず、他の魚には考えられない程冬だけのものと思い込まれ、他の季節には敬遠されて来ました。実際、刺身として一般に食べられるようになったのは昭和30年代になってのことで、近年では鍋料理よりも刺身の方が好まれるようになり、夏の食材としても見直されて来ました。

また、漢字の「河豚」は中国揚子江や黄河に生息するメフグに由来します。このふぐは東シナ海や南シナ海にも生息していますが、揚子江の洞庭湖付近では古来美味な河魚として賞味されていました。中国では美味なものの代表である豚の名がこの河魚に結びついた、あるいはふぐが丸々していて、豚に似ているので「河豚」になったと言われています。日本では大阪はテッボウ(略してテツ)、これは昔のテッポウはなかなか当たらないけれど、当たれば死ぬの意からで、他にも千葉県銚子では富クジからトミ、長崎県島原ではガンバ、棺の意で、どれも毒を意識しての呼び名です。一般に呼ばれる名としては、トラフグとカラスはよく似ていて、見分けがつけにくく、違いは尿びれの色でトラフグは白く、カラスは黒い、そこでトラフグをシロ、カラスをクロと呼び、他には体にトゲのないマフグをナメラとも呼びます。

博多の福(ふく)

九州博多では「ふぐ」のことを「ふく」と濁らずに呼びます。これは縁起の良い「福」という文字に繋がるので「ふく」と発言する習慣が定着したという説が博多っ子の間では有力な説になっています。

コンフは博多の料亭生まれ

旨味成分が豊富なふぐは食材の中でも高価な部類に入ります。料亭「博多い津み」の料理人は「高級食材のふぐをもっと沢山の人に手軽に食べて頂ける方法はないか?」とずっと考えており、洋食料理とのコラボレーションイベントでご一緒したシェフとの出会いがきっかけで、フランス料理の最も古い料理法の一つ「コンフィ」を使ってふぐの身をオイル漬けにするアイデアが浮かびました。これが「コンフ」の誕生です。

和洋中問わずどんな料理にも合う「コンフ」は、博多にあるふぐの料亭「博多い津み」で作られています。ふぐを知り尽くした料理人がマフグの皮を剥ぎ、高温で蒸してほぐした後オイルに漬け込み、それをまた蒸すという作業を丁寧に行い、家庭料理に用いるのにピッタリの「コンフ」が出来上がります。

ふぐがお好きな方は、是非食べてみて下さい!

 

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福岡博多のふぐ料理店「博多い津み」
福岡博多のふぐ料理店「博多い津み」。当店ではふぐ刺し、ふぐ鍋、ふぐの唐揚げ等の料理をはじめコース料理もご用意しております。是非お立寄りください。

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