稲庭うどん発祥のルーツ
稲庭うどん(いなにわうどん)は、秋田県南部の手延べ製法による干しうどんで、日本三大うどんのひとつに数えられます。ひやむぎより太く、やや黄色味かかった色をしています。製法としては、うどんというよりそうめんに近く、打ち粉としてデンプンを使う点や、平べったい形状が特徴です。ひねりながら練るという独特の製法により、麺は気泡により中空になっています。その為、滑らかな食感が得られます。
稲庭うどんのルーツが諸説ある中で、これまでさまざまな視点から明確な論拠を持たず、その説は未だあいまいであるように思われます。寛文五年堂が支持するその説は、研究者の積年の努力による証明であり、仮説ではありますがそれ以上の推論もまた存在しないものと思われます。稲庭の郷に伝承されてきた「稲庭うどん」は、間違いなく日本が誇るべき地域ブランドです。それは、めんめんと培われ伝承されてきた技術がつくり上げた食文化であり、確かに存在する日本の伝統です。
小麦粉の種類と製粉
小麦は栽培の季節により、「春小麦」「冬小麦」、粒の色によって「赤小麦」「白小麦」、また粒の固さによって「硬質小麦」「中間質小麦」「軟質小麦」に分けられます。これらを組み合わせて「軟質白小麦」といった呼び方をします。その他、菓子用、麺用など用途で分ける場合もあります。グルテンは、小麦のたんぱく質です。小麦粉に水を加えてこねると小麦粉に含まれるグルテニン、グリアジンの二つのたんぱく質から小麦粉特有の弾力性と粘着性を持ったグルテンが作られます。うどんのシコシコした歯ごたえはグルテンの働きです。小麦以外の米やとうもろこしなどの穀物の粉はグルテンがない為、うどんを作ろうとしてもプツンと切れてしまいます。また、同じ小麦でもたんぱく質の少ないものは、こしの強いうどんを作ることは出来ません。稲庭の里で稲庭うどんが誕生したのは、たんぱく質の多い良質の小麦の産地だったからです。
小麦は、皮が厚くて強く中央に深い溝がある為、外側から削ることが出来ません。粒のまま炊いても美味しくなく、消化も悪い小麦は粉にして調理すると美味しく消化も良くなります。その為、粒を砕いて粉にしてから表皮や胚芽の部分を取り除きます。人間が小麦を食べ始めたのは1万年以上前で、日本で小麦が栽培されたのは今から二千年前の弥生時代です。中国から現在のうどんや素麺にあたる「めん」の製法が伝えられたのが7世紀頃です。当時の製粉は石臼を回して小麦を粉砕して、ふるいにかけ、表皮や胚芽を取り除く作業を何回も繰り替えし、質の良い小麦粉に仕上げました。現在は2本のロールで小麦を粉砕するロール機が主流で、更にピューリファイヤーという純化機(粉砕した小麦粉をセモリナ(胚乳)とふすま(皮)に分ける機械)も発明され、小麦の品質は飛躍的に向上し、江戸時代より数段美味しい稲庭うどんになりました。
美味しいものは人の手から生まれる
寛文五年堂は「美味しいものは人の手から生まれる」と信じています。そんな人の手だけで作られた、天然100%の秋田の美味しいものを、全国に紹介する為に寛文五年堂のお店は生まれました。美しい山々が周囲を巡らし、その一つ栗駒山を源とする皆瀬川が緩やかに流れ込む町、それが秋田県にある「いなにわ手綯うどん」の故郷・稲庭町です。稲庭うどん発祥とされる寛文五年(1665年)と、たがわぬ豊かな自然環境が今なお息づいています。
そして、この自然があるからこそ、寛文五年堂は330年来変わらぬ、手作りの技法で「いなにわ手綯うどん」の味を守り続けることが出来ました。自然の中に育った素材を、職人の熟練の技術で美味しいうどんに仕上げていく。このことを忘れることなく、寛文五年堂はこの稲庭町とともに歩んでいます。寛文五年堂では、秋田県湯沢市稲庭町で製造した正真正銘の稲庭うどんとそうめんだけを販売しています。
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